Myanmar

陥落ミャンマー

「あれ?ミャンマーってこんなんだったけ?」旅行開始から何日か経ってもミャンマーにどこか馴染めない自分がいた。写真がちっとも撮れていないのだ。私はスローペースなので初日などはその国に馴染めず一枚も写真が撮れないことも多い。だが三日で撮ったのは料理の写真一枚だけというのは明らかにおかしい。ミャンマーは写真がめちゃくちゃ撮りやすい国というわけではないが、写真を断られることもほとんどないので決して撮りにくい国ではなかった。その後もずるずると何が違うのか決定的なものがいまいち見つからず、結局いつまで経ってもどこか馴染めないままであった。
私にとってのミャンマーの良さというと、細かいところをあげれば、旅行者が少ないとか、ビールがうまいとか、物価が安いとか色々あるが、やはりミャンマーらしさ、いわゆるオリジナリティーが残っていることと、なにより人がとても親切ということだ。ミャンマーが親切大国であるということについて、異論がある人はいないだろう。そんなミャンマーに惹かれた人は私だけではないはずだ。
ミャンマーは私が海外一人旅を初めてした国で、それ以来ずっと一番好きな国として君臨していた。ミャンマーに行くたび「もう海外旅行はここだけでいいんじゃないか」と本当に毎回思っていたほどだ。
長く続いた軍事政権から民主化し、ミャンマーは変わってゆくことは分かっていたことではある。今までは経済制裁されていた影響でミャンマーには外資の企業もほとんどなく、旅行者も少なかった。それがミャンマーらしさを形成していたことは明白で、旅行者が増えたり、外国の企業や製品が入ってきて街並みも様変わりするんだろうと、それは分かっていた。だけど人はそう急激には変わらないだろうし、また変わって欲しくないものだと願っていた。
だがその願いは叶わずといったところだ。とは言っても別にミャンマー人が不親切になったわけではない。ただミャンマー人と触れ合う機会がぐんと減った。写真が撮れなくなったのも、撮りたいものが減ったのもあるが、分母が減ったのも大きい。
今までは外国人旅行者なんて数えるほどだった町でも、今ではわんさかあふれかえっている。旅行者が珍しかった時代は、ただ歩いていても自転車に乗っていてもあちこちから挨拶され、レストランで食事をしたりビールを飲んでいたりすると決まって誰かが声を掛けてきた。毎日毎日何十回も声を掛けられるので疲れたりもしたが、それはそれで面白かったりもした。
今や旅行者が増えたことで、声を掛けてくるのはタクシーや物売りの客引きくらいだ。そりゃあミャンマー人だってこんなにも増えた旅行者全員に話し掛けてられないだろう。レストランやホテルの人なんかもずいぶんとそっけなくなったように思う。数が多いと事務的になってしまうのは仕方ないのだろうが、変わっていってしまうミャンマー人に寂しさを覚えるばかりだ。
それにずいぶん商売熱心な人が増えた。決してお金を稼ぐことは悪いことではないが、二言目にお金の話をされるとやはりげんなりするし、素朴だった村が大人から子供までお金儲けに躍起になっているのを見ると少し悲しくなってくる。
好きだったものはなくなってしまい、新しく出来たものには好きなものはない。以前のミャンマーが好きだった人にとっては、今のミャンマーも変わらず好きでい続けるってのは少し難しいことのようにさえ思える。