「ここ、私の家。」「うん、知ってる。」少女は自分の家を教えたいわけではない。家に寄らないかと誘っているのだ。
さすがに、もう断りにくい。実は3日前に同じように誘われていたが、家には行かなかった。そして、おそらく彼女は憶えていないだろうけど、3年前にも同じことがあった。せっかく意を決して誘ってきたのを、これ以上断るのは気が引ける。
家に行かなかった理由はふたつ。ひとつは、彼女の家は村の入口にあって、同じ村のほんの少し先にお気に入りの子の家がある。ふたりは同級生の仲良しで、いつも下校は一緒だ。この日も一緒に下校してるところについてきたわけだが、家に行ってしまうと、そのお気に入りの子とは、ここでお別れとなる。お気に入りの子との、わずかな時間を優先したのだ。
もうひとつは、今までカラーシャ谷のカラーシャ族の家には、何度かお邪魔したことがあるのだが、あまり清潔ではなく、薄暗く、すすみたいなので真っ黒で、部屋の中にも虫がはっていたりで、居心地が良くなかった。彼女はイスラム教で、カラーシャ族でないのだが、カラーシャ谷の家に行くのは、気が進まなったのである。
家に行くのを承諾すると喜んだ。嬉しそうに家に招き入れる。家の門をくぐると、手入れされた中庭が広がった。緑の芝に、何本かの樹。りんごや梨がなっているのが見える。日当たりがよく気持ちいい。奥には小さな畑がある。建物も立派で、部屋の中も清潔そうだ。豪華とか、お金持ちとか、そういうのではないが、なんとも素敵なお家ではないか。
庭に置かれたイスに座らされ、彼女が持ってきたチャイを飲む。そうしてくつろいでいると、裏から私服に着替えたお気に入りの子が現れた。なにやら、入口は裏にもあるらしい。なんだ、君も遊びに来るなら、先に言ってよ。そうなら、行くのを渋らなかったし、なんなら3日前にも、3年前にも来たのに。