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Pakistan2025

#381

あぶり出しニーハオ

May 22, 2026

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SNSでたびたび話題になる「ニーハオ問題」。海外で「ニーハオ」と声をかけられた際の受け止め方をめぐり、意見がわかかれるというものだ。よく目にする議論だが、いつも話がかみ合っておらず、不毛な論争が繰り広げられている。
海外での「ニーハオ」には、悪意があるケースとないケースの2種類がある。この「悪意の有無」を論点にしている人と、「言われた時点ですべて悪意がある」ととらえる人の間で議論がズレている。さらに、悪意がない場合でも怒る人がいるため、話はより混沌としている。
先日、悪意のない「ニーハオ」に対し、「中国人じゃない、私は日本人だ」と言い返している人をはじめて実際に見かけたが、正直引いてしまった。
私自身、どこの国の人かわからない外国人に話しかけるとき、とりあえず「ハロー」と言ったりする。それで怒られたら、たまったものではない。軽い挨拶のつもりで声をかけ、「ハローじゃない、私はフランス人だからボンジュールだ」と言われたら、やはり引いてしまうだろう。
そこまで「中国人だと思われたくない」理由は何なのだろうか。SNSでは「中国人を見下しているわけではない」「日本人としてのアイデンティティが・・・」といったコメントが目立つが、私には無意識に見下しているようにしか思えない。
だって、悪意のない「ニーハオ」に怒る人が、英語圏以外の国で「ハロー」と言われて「アメリカ人じゃない」と同じように怒るとは思えないからだ。あるいは、インドやネパール以外で「ナマステ」と言われたとしても、笑い話にするだけで怒りはしないだろう。そんな人が、普段からアイデンティティを重視して生きているとは考えにくい。

私自身は中国人と思われても特に訂正しないが、パキスタンのカラーシャでは、逆のパターンで訂正されることがある。
パキスタンの一般的な挨拶は、イスラム圏の挨拶「アッサラーム・アライクム」だが、少数民族のカラーシャ族は「イシュパータ」と言う。これを間違えると、きまって訂正してくるのだ。
悪意のない「ニーハオ」に過剰反応し、後付けの理由として持ち出したアイデンティティとは違う、本物のアイデンティティにふれる瞬間である。

美の迷い子たち

Apr 10, 2026 | Pakistan 2025

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