イスラム教国のパキスタンでは、めずらしい非イスラム教徒であるカラーシャ族が住むカラーシャの谷。カラーシャの谷には、カラーシャ族のほかにイスラム教徒も住んでいる。3つあるカラーシャの谷のうち、2つはカラーシャ族よりもイスラム教徒のほうが数が多い。谷に移り住んできたイスラム教徒、イスラム教に改宗したカラーシャ、アフガニスタンから国境を越えてきたヌーリスタン人などがいる。ヌーリスタン人というのは、ざっくりいうと、カラーシャと同じように、イスラム教ではない独自の信仰を持つ人々が、かつてアフガニスタンにもいたのだが、19世紀末にイスラム教に強制改宗させられた。その人々のことである。
カラーシャの谷に住むイスラム教徒は、敬虔なイスラム教徒が多い。戒律もゆるくない。幼い子でも、昼過ぎからはマドラサでイスラム教の勉強をするし、ヒジャブで髪を隠している。
だが子供だと、ヒジャブは常にしていない子も実は多い。肩に掛けているだけだったり、そもそも持ち歩いていなかったり。頭にかぶっていたとしても、本当に乗せているだけな状態だったりする。ただ、写真を撮る時には、ヒジャブをかぶったり、髪が見えないようにきちんとかぶり直しだす。
ひとりの少女にカメラを構えたときに、今まで見たことがない光景を目にした。その子は、それまで少し厚めのタオル地のようなヒジャブをかぶっていたのだが、横にいた子がかぶっていたヒジャブと交換したのである。とりたてて騒ぐほどのことじゃない出来事なのだが、何度となく同じ地で写真を撮ってきて、ヒジャブを交換するっていうのは見たことがなかった。
ヒジャブを持ち歩いていなかった子が、一時的に誰かに借りてたことなら見たことがある。それは理由もわかる。だけど今回のは、交換されたヒジャブも真っ白の薄いもの。ごくありふれたヒジャブであったので、他人のヒジャブと交換する意味がわからなかったのである。真っ白のヒジャブを差し出し子が、交換した厚めのヒジャブをかぶりだしたことで、ますますわからくなった。そして、そのあと交換したヒジャブのままで、ふたりでツーショット写真。
珍しいことをする子達だったなと、あとから写真を見返してて、やっと気づいた。彼女たちは姉妹だった。お姉ちゃんが写真に撮られる妹に、真新しい綺麗なヒジャブを差し出したのであった。