ラダックとは、チベット語で「峠を越えて」という意味である。その名のとおり、ラダックを陸路で目指す場合は、5,000m級の峠をいくつか越える必要がある。空路で入ったとしても、ラダックの中心地であるレーから、ヌブラ渓谷やパンゴンツォといったラダック旅行のハイライトのような場所を訪れるには、同じような高さの峠を越えなければならない。
5,000mの峠というのは、車で越えるとあってもなかなかのもので、時間も掛かる。標高が高いところは、道路が舗装されておらずガタガタ揺れる悪路。もう背中がシートとすれすぎて発火するんじゃないかってほど揺れる。そしてなにより、高山病の心配がある。
5,000mでの酸素濃度は、低地の半分くらいの薄さになる。普通に歩いたりする程度なら平気だが、走ったり、登ったりすると、すぐ息がきれる。じゃあ、走ったり登ったりしなければいいじゃない、と思うだろうが、頂上には無数のタルチョがかけられていて、タルチョを見るたびに引き寄せられてしまう。タルチョとは、チベット仏教の五色の祈祷旗のことで、これが好きなのだ。引き寄せられて登るのはいいが、思うように足が出てこない。自分の吐く息だけが大きく聞こえる。10mほど先に登るのさえ到底不可能なことに思えてくる。脳がやばいやばいと、危険信号を出してくる。そこで踏み出す一歩は、低地の一歩とは違うものがある。
峠越えは厳しいだけでなく、おもしろくもあるイベントだ。登山などしない人間にとっては5,000mを越える場所にいるってだけでもおもしろいじゃない。なにより峠は美しい。標高5,000mの世界というのは、当然低地とは違う。標高3,500mのレーなんかともまた違う。ここにしかない美しさがある。
頂上は風が吹き荒れる。もの凄い勢いでタルチョも風にはためくというよりは、ちぎれそうなくらいに風に強くあおられている。風に強くあおられたタルチョは想像以上の大きな音を立て、情緒などはなく迫力たっぷりである。タルチョにとって、風はとても大切。タルチョには経文が書かれており、風になびくたびにお経を読んだのと同じ功徳があるとされているので、風の通り道にタルチョをかける。旗にはルンタという馬が描かれており、ルンタがそこで暮らす人たちの願いを背中に乗せて、遠くまでかけていくのだ。
ここの風は、かなり遠くまで運こんでくれそうじゃないか。